白球100年 岡山の野球 9 「祝 関西高甲子園初出場 4最終回」

〚 関西の甲子園初出場 〛
関西の甲子園初出場は、昭和23年8月13日。

全国の強豪に交じって更新する関西ナイン(左端) 昭和23年8月13日

開会式直後、関西はいきなり開幕試合に臨んだ。相手は、同じく初出場の石巻(宮城)だった。大応援団も開会式からアルプススタンドに陣取り、試合開始を待った。

〚 伝説の第一球 〛

プレーボールは午前10時20分。
先頭打者は、角南攻。
試合開始のサイレンが響く中、石巻・毛利投手の第1球。「絶対成功させる自信があった」というセーフティーバントを、三塁線へ鮮やかに転がした。
2番打者・吉田和之への第1球。さらに角南は、すかさず二盗。

県予選、東中国大会で見せた関西高が得意とした奇襲攻撃の成功に、ナインの緊張は一気にほぐれた。
この角南の第1球のセーフティーバントは、「角南の第1球」あるいは「角南のセーフティーバント」として、今なお語り継がれている。

〔関西-石巻〕4回表無死1、3塁から角南の3ゴロの間に3走の岡田生還(昭和23年8月13日)

関 西  310 300 200   9
石 巻  000 031 110   6

2回戦の相手は、天王寺(大阪)。
開催地・大阪代表だけに、大観衆は5万人を超え、バックネット裏まで天王寺の応援で埋まった。
「相手応援団の大歓声で、スタンドが揺れているようだった」と、エース吉田は振り返る。
エース吉田は、緊張からか球が走らず、初回に2点を奪われる。
華やかな天王寺高に対し、野武士軍団のような関西。2回に集中打で4点を奪い逆転した。
エース吉田は、持ち前の外角に落ちるカーブを武器に立ち直り、2回以降は無失点に抑え切った。
準々決勝では、大会ナンバーワン投手・福島一雄を擁する小倉北に、0対2で惜敗。しかし、初出場でベスト8。関西の快進撃は、予想をはるかに上回るものだった。
勢いに乗った関西は、秋の福岡国体でもベスト8入りを果たす。
無名だった岡山の名を全国に知らしめた関西の活躍は、戦後復興期の岡山球界にとって、願ってもない船出だったと言えよう。

【お願い】
当ホームページ内カテゴリー「〚風雲の軌跡〛」をご参照ください。

つづく

参考文献
「球譜一世紀」
「灼熱の記憶」
毎日新聞
山陽新聞

協力
岡山県立倉敷工業高等学校硬式野球部OB会
おいまつ会