捲土重来 平成8年の夏 23

第78回全国高校野球選手権大会 岡山大会
決勝 倉敷工 VS 岡山城東
エースは、力投する。エースは、延長に入っても、一人もランナーを出していない。そして、延長12回 倉工打線 が、そのエースを援護する。
送りバントを挟み、連続5本のヒットで 2点 を奪取。倉敷工8点 岡山城東6点となる。延長12回裏、岡山城東は、すでに二死。
血を吐く、死闘を制する時が来た。
倉敷工 100 030 200 002  8
城 東 011 103 000 000  6
3塁側倉工応援スタンドの、視線の先は、エース中原に注がれている。
いや、視線の先は、甲子園。ここで、3塁側倉工応援スタンドは、なぜか静かになった。エース中原 渾身のストレートを、右打者の内角に投げ込んだ。
打球は、ボテボテの、三遊間へ。サード坪井 打球にダッシュ。
そして捕球。捕球した瞬間(捕ったぞ やったぞ)の仕種。ステップして一塁へ、ビシー。ファースト高本 捕球した瞬間、両手を上げてマウンドに走った。
ベンチから、倉工ナイン全員が、マウンドへ。エース中原 は、「よっしゃー」の、雄叫びを上げる。マウンド上で、倉工ナインが、抱き合った。
歓喜の 和 が広がる。ベンチでは中山隆幸部長と和泉利典監督ががっちりと握手。3塁側倉工応援スタンドは、「よっしゃー!」の声に始まり、お互いに抱き合う者、握手する者、そして涙ぐむ者も。
捲土重来。古豪復活の瞬間。全員野球で、勝ち取った10年ぶり8回めの甲子園。
この試合を、スタンドの最前列で見守り、感慨にふける一人のOBがいた。
部長、監督を補佐し、エース中原を育てたOB。そのOBとは、昭和36年夏、県大会直前に大怪我をしたエースの、代役としてマウンドを死守した永山勝利倉敷工投手コーチ その人である。【当HP 昭和36年のドラマ を参照して下さい】
倉工野球の意気と誇りと苦闘の、日々の団結は、しっかりと息づいていた。
県高野連発足50周年を期に、大会優勝旗が新調された。その、新しい優勝旗が、北條剛主将に渡った。捲土重来。古豪復活の瞬間。
スタンドから、大きな拍手が、轟いた。
つづく 随時掲載

お願い
本文に迫力を持たせたく、敬称は略させて頂きます事をご了承下さい

参 考
山陽新聞社 「灼熱の記憶」

協 力
小山  稔氏 「 元 倉敷工業高校野球部 コーチ 」
和泉 利典氏 「 元 倉敷工業高校野球部 監督 」
中山 隆幸氏 「 前 倉敷工業高校野球部 部長 監督 」
西川 剛正氏 「 現 倉敷工業高校野球部 コーチ 」