第39回選抜高校野球大会(昭和42年選抜)
津久見3―2倉敷工
津久見100 200 000 3
倉敷工000 000 200 2
倉敷工投手 小山
本塁打
【概要】
1967年3月29日~4月6日出場24チーム
入場曲「世界の国からこんにちは」
優勝 津久見、準優勝 高知
今大会の選抜出場予定だった津山商が、出場辞退。
補欠校の倉敷工が、繰り上げ出場となった。選抜開幕まで1週間を切っての突然の話。倉敷工は、夏に向けて走り込み中心の練習に取り組んでいた。
津久見(大分)3―2倉敷工(岡山)
実戦練習が不足していた倉工ナインが、エース小山の力投に打線もこたえ、この大会で初優勝を飾る津久見に、2対3と食い下がった。
津久見エース吉良投手(のちに阪神タイガース入り)の武器は、大きく曲がるカーブ。このカーブに、倉工打線はてこずり三振12。
吉良投手の津久見に対し、倉工打線は、二塁打2を含み盗塁4を絡ませ機動力で対抗した。「吉良のカーブは、背中の方に投げたカーブが(右打者の)外角一杯に決まるんです。」と小山。
津久見は、準々決勝岐阜に2対0、三振13。準決勝報徳学園に2対1、三振10。決勝高知に2対1で優勝し、三振16。
吉良投手は、倉工戦を合わせると合計51の三振を奪った事になる。
また、得点は倉工が2点。吉良投手から大会最高得点を上げた。
「倉工は強い。夏が楽しみ。」期待の声が高まって行った。
今大会津久見戦から、倉工名物応援となる桃太郎での応援がスタートする。この桃太郎の曲をアレンジした応援は、倉工スタンドが一体化となって、相手校を圧倒。この桃太郎での応援は、昭和50年代までも続いた。
(残念ながら、現在では使用されていません。)
『当HPカテゴリーの中、「青春ヒーロープレイバック」を参照して下さい。』
『名物応援「桃太郎」については、当HP、カテゴリーの中の投稿、「名物応援桃太郎誕生秘話」を参照して下さい。』2016年9月9日付
つづく
随時掲載
お願い
本文に迫力を持たせるため、敬称は略させて頂きます事をご了承下さい。
参考
朝日新聞「バーチャル高校野球」
山陽新聞「灼熱の記憶」
(注)現在、「灼熱の記憶」は、ありません。
瀬戸内海放送「夢フィールド」
(注)現在、「夢フィールド」の放送は、ありません。
協力
和泉利典(元、倉敷工業高校野球部監督)
中山隆幸(元、倉敷工業高校野球部部長監督)
岡山県立倉敷工業高等学校硬式野球部OB会
岡山県立倉敷工業高等学校おいまつ会