小沢 馨物語
三連覇の夢破れて、うなだれる小倉北ナイン。ナインは、その日のうちに夜汽車で
郷里、福岡へと帰って行った。どのぐらい走ったことだろう。泣き疲れて寝込んで
いた、 福島 は、電車の揺れで目をさましたのだった。ここは何処だろうと、外を
見た。見覚えのない町明灯かり。ところが、ホームの看板を目にした時、また悔し
涙が、出てきたのだった。そこは、イ草の香りが風に乗って鼻をくすぐる町、倉敷
だったのである。自宅に戻った 福島 に、翌日速達が届いた。大会副審判長
長浜 俊三 からだった。【 この甲子園で学んだものは、学校教育では学べ
ないものだ。君のポケットに入った、その土には、それが全てが詰まっている。
それを糧に、これからの人生を正しく大事に生きてほしい、 】と、書かれてあった。
ポケットの 土 の事などいっさい覚えていない 福島 は、慌ててバックの中に
入れたままにしている、汗まみれのユニホームを取り出し、新聞紙を広げ、ズボン
の後のポケットをひっくり返すと、ほんの一さじほどの土が出てきた。 福島 は、母
と相談して、玄関に置いてある ゴムの木の植木鉢 に入れた。この甲子園の
土は、その後の 福島 の心の糧となり 福島 の心を支えたのだった。
甲子園の土を持ち帰った球児は、実は過去にも存在していたのだが、この
エピソードが有名になり、 福島 は、「 甲子園の土を最初に持ち帰った球児 」
と、言われるようになっている。しかし、 福島 は、敗れた球児が甲子園の土
を、持ち帰るという行為を、次のように考えている。『 土産品ではないのだから、
それより、甲子園を目指した努力を、大切にしてほしい。 』と、語っている。
つづく 随時掲載
お願い 本文に迫力を持たせたく、敬称は略させて頂きます事をご了承下さい
参 考 瀬戸内海放送 「 夢 フィールド 」
OHK 「 旋風よ ふたたび 」
山陽新聞社 「 灼熱の記憶 」