捲土重来 平成8年の夏 9

平成8年。 和泉 と 中山 のコンビは、他校に先駆けて画期的な事を次から次へと起こしていく。メンタルトレーニングの導入、ナイター戦の実現に引き続き、教育リーグを実施する。この、教育リーグとは、ベンチに入れない三年生と、一年生の中から 有望選手 を選抜しチームを作り、他校と交流試合を行うもの。一年生にとっては、いい経験になるであろう。ナイター戦 と 教育リーグ について、 和泉 と 中山 は「 生徒の想い出作りのために始めました。 」と、口を揃えて言う。だが本当に想い出作りだけなのであろうか。他にも 狙い 意図 があったのではなかろうか。真の 狙い 意図 とは何か。それは、次の事の様に考えられる。
【 野球の楽しさ 野球の面白さ を実感してほしい 】そして【 卒業しても決して 野球 を嫌いにならないように。どんな形でもよいから、 野球 を続けていってほしい。 野球 を愛し続けてほしい。 】との、狙いがあったのではなかろうか。交流試合会場に、運び込まれた一個の白いボールが選手たちの 夢 を育む。
さらに、画期的な事は続く。工業交流大会を始めたのも、この年からだった。県立工業高校にとって、国家試験において資格取得というのがある。その資格取得のために、補習授業があり、時には休日でも、登校して、補習授業を受ける事さえある。そのために、思うような練習時間が確保できないという、ハンディーがある。そのハンディーを、お互い克服して行く事を、目的として、 水島工 津山工 東岡山工 等といった県立工業高校同志で、交流試合を始めたのだった。こうして、平成8年夏の、県予選が間近に迫って来た。平成6年県一年生大会で優秀校に輝いたメンバーにとって、 甲子園 に向けて、一球一打にかける最後の勝負の戦いが始まろうとしていた。県予選を前にして、ミーティングが開かれた。ナインは、 監督 和泉利典 にあるお願いを、したのだった。 つづく

参 考  山陽新聞社  「 灼熱の記憶 」

協 力  和泉 利典氏 「 元 倉敷工業高校野球部監督 」

      中山 隆幸氏 「 前 倉敷工業高校野球部部長 監督 」

      西川 剛正氏 「 現 倉敷工業高校野球部 コーチ 」