硬式野球部 新年懇親会を開催しました

令和8年1月11日、倉敷アパホテルにて、硬式野球部の新年恒例となる懇親会が、約50名の参加者を迎えて開催されました。
おいまつ会からは来賓としてお招きいただき、日下・三宅・大西の3名が出席いたしました。

懇親会に先立ち、令和7年度に卒業を迎える部員より、進学や就職といったそれぞれの進路とともに、今後の目標や信条が語られました。
その真摯な言葉の一つひとつに、出席者一同、深い感銘を受けました。
硬式野球部では、野球技術の向上だけでなく、人間形成にも重きを置き、3年間にわたり監督・スタッフの皆様が丁寧に指導されていることを、改めて実感する場となりました。

生徒の退席後、監督および部長のご挨拶をもって懇親会が始まり、OBの方々や保護者の皆様を交え、和やかな雰囲気の中で親睦が深められました。

監督からは、本年度の目標や硬式野球部の現状についての報告がありました。
ここ数年は苦しい状況が続いているものの、「必ず甲子園を目指す」という強い決意が語られ、選手たちの素質や能力に対する大きな期待が述べられました。

最後にはOBの方々から、当時の思い出や後輩への熱いエールが次々と語られ、予定していた2時間では語り尽くせないほど、盛会のうちに懇親会は終了しました。

倉工柔道部OB会を開催しました

令和8年1月2日(金)、毎年恒例となっている倉工柔道部OB会を、倉工柔道場において開催しました。
当日は、高校生とOBがともに汗を流して練習を行いました。

畳を囲み、現役生徒とOBが整列して話を聞く様子。

現役生徒にとって大きな刺激となりました。

練習後には、山本秀海先生から大会結果等についての報告があり、あわせて、高校生一人ひとりによる自己紹介と目標の表明も行われました。生徒たちの力強い言葉から、今後のさらなる成長と活躍への期待が高まるひとときとなりました。

また、令和7年4月から本校に赴任された、本校卒業生でもある間野聡先生にもご参加いただき、OBと現役生徒をつなぐ貴重な交流の場となりました。あわせて、矢谷延一先生にもご参加いただき、世代を超えた温かな雰囲気の中で会を進めることができました。

参加者全員による集合写真。多くのOBと現役生徒、指導者が一堂に会し、倉工柔道部のつながりと歴史を感じる一枚となりました。

当日は、OBの中には岡山県警や大学で活躍する、岡山県を代表する選手も参加しており、現役生徒にとって大きな刺激となる時間となりました。

さらに、昭和51年卒の森本幸彦さんからは、柔道部およびOB会の歴史についてお話を伺いました。森本さんは、卒業と同時に県外へ就職されて以来、今回が初めてのOB会参加とのことで、当時を懐かしむ思いや、再び母校に集えた喜びを語ってくださいました。

「味蔵」で行われた懇親会の様子。

その後、会場を昭和52年卒業の広兼さんが経営されている「味蔵」に移し、懇親会を行いました。和やかな雰囲気の中、世代を超えた交流がさらに深まり、有意義な時間を過ごすことができました。

恩師やOBがテーブルを囲み、当時の思い出や現在の近況、柔道部への思いを語り合い、和やかで温かな時間となりました。

今後の倉工柔道部のさらなる飛躍を期待するとともに、来年もまた、多くのOBの皆さまと元気にお会いできることを楽しみにしています。

令和8年倉工ソフトテニス部OB会

「こんちは お久しぶりです」

「元気じゃったか?」
「あの時は、苦労したのう。」

倉工ソフトテニス部OB会は、1年おきに実施しています。今回も、1月2日に盛大に開催しました。当日は午後1時に集合し、最初に、ソフトテニス部OB会 佐田野 勝 会長(昭和46年、C科)より挨拶がありました。

開会にあたり、佐田野会長の挨拶です

「コロナの時は、何もできなかったが、今は収まり、我々のOB会を大きく盛り上げたい。寒いので、怪我には注意してほしい。」

続いて、誠実で人間味溢れる指導で導いて下さった、恩師で顧問だった栢野敏典先生の訃報(昨年2月、93歳で他界)の報告もありました。

その後、「ソフトテニス交換会」が始まりました。日頃からラケットを握っている者、何年か振りに握る者もいて、みんな楽しくゲームを楽しみました。現役の時と同じように大きな声を張り上げて楽しむ坂井陽一さん(平成15年、M科)は、「テニスが好きなOBが集まっていて、しかも正月からできる事が嬉しいです。」と話してくれました。

また、山川英雄さん(昭和46年、M科)は、「若い人が集まってテニスを見ていると、自分もテニスを楽しんでやりたくなり、勇気が出ます。」と語ってくれました。

好プレーあり、珍プレーあり、そして大爆笑ありのソフトテニス交換会でした。今回、一番遠い所(静岡)から参加した原田城正さん(平成15年、M科)は、「もっと声を掛け合って、特に同期の者をたくさん集めて盛り上げたいです。」と語り、さらに、「自分たちが行きたくても行けなかったインターハイに、後輩たちには行ってほしいですね。」と、後輩への思い、そしてエールを送っていました。

そしてその夜は、「倉工ソフトテニス部OB会 懇親会」が開催されました。(個室、居酒屋くいもの屋 わん)

交換会に参加できなかった者も、たくさん駆け付けての懇親会でした。話のネタは、やはり現役の時の想い出話。しかし、栢野先生との想い出は尽きないようでもありました。

高原健さん(昭和52年、C科)は、「栢野先生の指導は厳しかった。今でも、倉工に行くと、当時のことを思い出す。」と語り、栢野先生が今でもそこにいる様でもありました。

【栢野先生のご冥福をお祈りします】

こうして、今回の倉工ソフトテニス部OB会はお開きとなりました。次回は2年後です。「もっともっと、多くのOBが集まり、盛大な会にしよう。」
と話し合って散会しました。

おいまつ会副会長・広報担当
ソフトテニス部OB 三宅 香

 

熱闘甲子園 今昔物語 93 栄光の足跡 81

第94回選抜高校野球大会

【大会期間】
2022年3月18日~3月30日

【福島貫太主将】
開会式で選手宣誓の大役を務め、試合では5打数1安打だった。「最強に攻める野球」を体現し、チームの精神的主柱となったが、ここまでの道のりは平たんではなかった。

父も(平成8年卒・M科・野球部OB)、兄も野球をする野球一家で、3人兄弟の末っ子。2番目の兄は、プロ野球・中日に入団した福島章太投手(退団)。自身も小学1年から地域のスポーツ少年団で野球を始め、将来の夢はプロ野球選手だった。

【本気で野球をせえ】
一時は友達と一緒に私立に行ってアルバイトをしようと考え、プロ野球選手の夢も諦めかけた。そんな時、救いの手を差し伸べたのが、倉敷工・高田康隆監督だった。広角に打ち分ける技術と、素直で負けず嫌いな性格を高く評価してくれた。

中学3年の秋、高田監督が熱い言葉をかけてくれたという。
「本気で野球をせえ。俺が成長させてやる。一緒に甲子園を目指そう。」
それを聞いて「自分から野球を取ったら、何も残らないよな」と実感したという。

【周囲への感謝】
【主将は、全部員の使命】
高校では中学時代の考え方から「180度変わった」。周囲への感謝の気持ちを持てるようになり、全部員からの使命で選ばれた主将という立場も、自身をより成長させてくれた。高田監督も「責任感と使命感が増した」と目を細める。

【悔しいという思い】
「やって来たことを自信にして、攻める野球を貫き通す」と臨んだ初戦。初球から積極的にバットを振るも、凡退が続いた。延長11回、「塁に出たい」という一心で、内野安打の際、一塁へ気迫のこもったヘッドスライディングを見せた。

試合後、
「(相手投手の)ストレートが、すごく速く感じた。悔しいという思いしかない。これを糧にして、夏に戻って来たい。」
と、さらなる成長を誓っていた。

(現在、福島は社会人野球・JFE西日本で活躍中)

おわり

本号をもって「熱闘甲子園 今昔物語」は最後とします。永い間のご愛顧、ありがとうございました。

参考
山陽新聞
毎日新聞
朝日新聞「バーチャル高校野球」

協力
歴代倉工野球部監督・部長
おいまつ会

熱闘甲子園 今昔物語 92 栄光の足跡 80

第94回選抜高校野球大会
【大会期間】2022年3月18日~3月30日

倉敷工 強打沈黙
和歌山東 000 001 000 07 8
倉敷工  001 000 000 01 2
延長11回

投手 倉敷工 高山―近藤
安打 倉5 和13
二塁打 倉0 和1

【高山侑大投手】
悔しさをバネにして励んだ冬場のトレーニングで力をつけ、粘りの投球を見せた。昨秋は県大会決勝を除いて全て先発。182cmの長身から繰り出すキレのあるスライダーを持ち味に、「攻める野球」を支えた。

スタミナ強化が実り力投するエース高山

〚スタミナ強化実り 粘投する〛

「連投を投げ抜く力がなかった。」スタミナ不足を痛感した高山。野球部伝統の阿智神社の階段の駆け上がりで、野手の倍の40往復をこなし、心肺機能を高めた。精神的にも大きく成長した。

「最小失点で投げ切る。」と臨んだ甲子園のマウンド。スライダーだけでなく、球威が増した直球も駆使して、相手打線を10回まで1失点に抑えたが、最後に連打を許した。

延長十一回。2点適時打を許し、打球を追う高山。

〚ミス引きずり 乱れる〛

1対1で迎えた延長10回。強い気持ちが乱れた。打者として1死1塁から四球を選んで出塁したが、次打者の右飛でアウトカウントを間違えて飛び出してしまい、帰塁できずにアウト。反撃の流れを止めてしまった。直後の11回もマウンドに上がったが、「気持ちが切り替えられなかった。」先頭打者から3連打を許し、四球や守備の乱れも絡んで大量失点して力尽きた。

エース奮闘も、延長十一回力尽きる。

〚練習のたまもの と高山〛

高山は「171球を投げても疲れを感じなかったのは練習のたまもの。」と振り返った。そして「エースが投げている試合は勝たないといけない。粘り切れなかった。」初の聖地で味わった悔しさだった。「甲子園はすごく投げやすかった。夏は全試合完投して甲子園に戻って来たい。」と語った高山だった。

つづく 随時掲載

参考 山陽新聞/毎日新聞/朝日新聞「バーチャル高校野球」
協力 歴代倉工野球部監督・部長/おいまつ会

 

熱闘甲子園 今昔物語 91 栄光の足跡 79

第94回選抜高校野球大会

【大会期間】2022年3月18日~3月30日

■ 倉敷工、強打沈黙す
和歌山東 000 001 000 07 8
倉敷工  001 000 000 01 2
(延長11回)
和歌山東 麻田―田村―麻田―山田―麻田
倉敷工  高山―近藤
本塁打

和歌山東投手陣の粘りが勝利を生んだ。麻田は力強く右腕を振り、9回を投げて被安打4、失点1。ピンチで救援した田村、山田の両右腕も、緩い変化球を大胆に使って要所を締めた。無失策で守備も堅く、相手に付け入る隙を与えなかった。倉敷工の高山も力投したが、最後は力尽きた。

エース高山奮闘も延長十一回、力尽きる。

スタミナ強化が実り力投するエース高山

試合に敗れ、引き揚げる倉敷工の選手。

〚延長で涙、奮闘にスタンドから拍手〛

ベンチ前で和歌山東の校歌を聞く倉敷工ナインに、冷たい雨が打ち付けた。13年ぶりの勝利に届かず、主将の福島は「持ち味の打撃で力を出せず、悔しい思いしかない」と肩を落とした。

昨秋の公式戦で出場校中3位の打率を誇った強力打線は沈黙。9回までわずか2安打に抑えられた。相手の右横手・麻田のクセのある球筋に手を焼き、「2回りめから焦りも出て、余計に捉えられなかった」と高田監督も振り返る。

打開策が見い出せないまま回は進み、福島・日向・若林の中軸は内野安打1本に封じられた。

10回まで6安打1失点と奮闘したエース高山は、球数130球を超えた11回に打ち込まれた。「ミスから気持ちを切り替えられなかった」と悔しさをにじませる。10回1死一、二塁の場面では、一塁走者がアウトカウントを誤り、右飛で飛び出してサヨナラ機を逃したことを引きずったという。指揮官は「実戦不足の影響はある」と語った。

■ 実戦不足のまま迎えた選抜
コロナの影響で全体練習が本格化したのは開幕1か月前。対外試合もほとんどできないまま選抜に突入せざるを得ず、指揮官は選手をかばった。

県勢最多となる甲子園春夏通算25勝を誇る古豪・倉敷工の挑戦は、大会初日に幕を下ろした。福島は「今日の経験を糧に戻って来たい。また一から」と前を向く。

深い敗北感は、夏の大舞台でしか晴らせない。

つづく(随時掲載)

参考:山陽新聞/毎日新聞/朝日新聞「バーチャル高校野球」
協力:歴代倉工野球部監督部長/おいまつ会

倉工祭 文化の部

「倉工 万博」

今年の「倉工祭 文化の部」は、11月7・8日に盛大に開催されました。今回で77回を迎え、一般公開となった8日(土)は、9時30分の開始と同時に正門受付には長蛇の列ができ、倉工人気の高まりがうかがえました。

今回は、生徒会から「今年はクラスの展示や模擬店に力を入れたいので、各科の展示はなくしたい」との意向を受け、おいまつ会では「今までにない趣向を考えたい」と検討を重ねてきました。

生徒会の「テーマ もの作りの万博」を受け、おいまつ会は、京都に本社を置き電子部品と電子機器を扱う大手企業「京セラ」に、「何か展示できるものはないか」と手紙を送りました。その結果、本校31年E科卒の伊藤謙介氏による「ものつくりの原点」と題した講演会DVDを紹介していただきました。伊藤氏の名前は早くから候補に挙がっていましたが、おいまつ会の日下誠会長はDVDを見て「感銘を受けました。勉強の参考になりました」と話していました。

もう一つの目玉は「倉工野球部の歴史と甲子園での活躍」です。第81回選抜の開幕試合、倉工―金光大阪の試合を最初から最後まで上映し、見学者は椅子に座って「ナイスバッティング」「ナイスバント」と拍手しながら観戦していました。中には、勝利後の校歌を一緒に歌う人もいました。他にも、36年の倉工―報徳学園戦や、歴代選手のインタビューDVD、写真展示も公開しました。

今夏、女子ソフトボールで県大会初優勝の立役者となった中学3年生は、「倉工野球部かっこいい。野球部員たくさん見かけましたよ。実はこのスリッパ、○○選手のものを借りたんです」と話し、倉工野球部の歴史も知ることができたようで、とても満足した表情で倉工を後にしていました。

がんばれ 倉工
咲き誇れ 倉工祭

 

熱闘甲子園 今昔物語 90 栄光の足跡 78

第94回選抜高校野球大会

【大会期間】2022年3月18日~3月30日

第94回選抜大会が19日、甲子園球場で開幕した。開会式では、倉敷工の福島貫太主将が選手宣誓を行った。

開会式で、行進する倉敷工の選手。

 

選手宣誓する福島貫太主将。

〚倉敷工・福島主将 選手宣誓〛

<選手宣誓全文>
「夢と志が人生をつくる。当たり前だった日常が失われて3年がたちます。今なお、世界中でパンデミックが起こり、多くの人たちが苦しみや困難に立ち向かっています。それでも、私たちは一歩ずつ歩んできました。
甲子園に立つまでに、たくさんの方々に支えられてきました。今、野球ができているのも、その人たちのおかげです。聖地・甲子園という舞台に立てることに感謝します。
そして、私たちの最大の理解者であり、応援してくれている家族に感謝します。ありがとう。夢と志を持ち続け、これからの未来に向かって1日1分1秒を大切に歩んでいきます。
ファイティングスピリット、フレンドシップ、フェアプレー。甲子園に立つ喜びを胸に、最後まで諦めることなく、正々堂々とプレーすることを誓います。」

〚感謝を全面に出す〛
「大好きな野球ができることに感謝します。」

福島は、コロナ禍で改めて実感した球児としての喜びを素直に表現したといえよう。リハーサルとは違い、多くの観客が見守る中、引き締まった表情で堂々と大役を全うした福島。実は、司会者に名前を呼ばれた時から足が震えるほど緊張していたというが、「心の中で『できる』と唱えた。100点だと思う。」と振り返った。

福島は、全体練習の中止や対外試合の制限を強いられながらも気持ちを切らさず、鍛錬してきたチームメイト・仲間たちと一緒に宣誓文を考えた。憧れの甲子園に立てることや、これまで支えてくれた家族への感謝を前面に出し、夢や志を持つ大切さに触れた福島だった。

現在、福島は社会人野球・JFE西日本で頑張っている。

つづく(随時掲載)

参考:山陽新聞、毎日新聞、朝日新聞「バーチャル高校野球」
協力:歴代倉工野球部監督・部長、おいまつ会

熱闘甲子園 今昔物語 89 栄光の足跡 77

第94回選抜高校野球大会

【大会期間】
2022年3月18日~3月30日

大会は、昨秋の明治神宮大会覇者・大阪桐蔭や、注目の怪物スラッガー・佐々木麟太郎を擁する花巻東など、32校が出場。熱戦の火ぶたが切られた。

【開会式は簡素化される】
開会式は新型コロナ対策のため簡素化され、大会初日の3試合に出場する倉敷工やクラークなど、6校のみが参加。選手宣誓は倉敷工・福島貫太主将が務める。

6校のみで行われた開会式リハーサル。

大会前日の17日には、この6校の主将らが参加して開会式のリハーサルが行われた。選抜で岡山勢5人目の大役を担う福島は、「堂々と人に感動を与えられるような選手宣誓をしたい」と抱負を語った。

【30年ぶり 初日から順延】
大会は18日から開催する予定だったが、天候不良のため中止となった。開会式は大会初日に出場する6校のみが参加。本部によると、開会式を含め、大会初日から順延になったのは1992年の第64回大会以来、30年ぶりという。この日、6校は甲子園球場の室内練習場で調整した。

【倉敷工 打撃練習で調整】
13年ぶりの甲子園の初戦は仕切り直しとなった。倉敷工は18日、室内練習場で約1時間30分汗を流し、翌日に持ち越された和歌山東戦に備えた。

チームの看板である打撃の練習に時間を割き、主力は和歌山東の多彩な投手陣を想定して、左右の打撃投手の球を打ち込んだ。エース・高山は捕手を座らせ、約40球を投げて調整した。

選手宣誓を務める福島は、「もう一日準備ができる。自分たちの攻めたぎる野球を貫きたい」と語り、2009年以来の甲子園勝利に向けて気合十分の様子を示したのだった。

(つづく・随時掲載)

参考:山陽新聞、毎日新聞、朝日新聞「バーチャル高校野球」
協力:歴代倉工野球部監督・部長、おいまつ会

熱闘甲子園 今昔物語 88 栄光の足跡 76

第94回選抜高校野球大会

【大会期間】2022年3月18日~3月30日

 

【伝統のユニホーム 聖地で復活】

【胸に「KURASHIKI」】

胸元に「KURASHIKI」の文字がよみがえる。選抜に出場する倉敷工は、甲子園限定で伝統のユニホームを復活させる。数々の名勝負を繰り広げてきた先輩たちと同じユニホームをまとい、13年ぶりの晴れ舞台に立つ。

「KURAKO」の文字が刻まれた現在のユニホーム。

2009年開幕試合で勝利して応援席に向かう倉工ナイン。 胸に「KURASHIKI」の文字がよみがえる。

【倉敷の名を全国に】

胸に「KURASHIKI」。高校野球ファンには懐かしい往年のユニホーム。1951年から母校を率い、春夏合わせて14回の甲子園に導いた名将・小沢馨氏(2016年死去)が採用したもの。当時の倉敷市長が「倉敷の名を全国に伝えてほしい」と、倉敷の名を全国に広めるために「KURASHIKI」と刻んだとされている。まさに、倉敷市長の命だったのである。

 

【伝統のユニホームがうれしい】

過去10回出場している春の甲子園で、倉敷工は強烈なインパクトを放ってきた。記憶に新しいのは前回2009年の開幕試合。金光大阪を相手に4度の劣勢を跳ね返し、延長十二回、11―10で逆転サヨナラ勝ちを収めた。この時、中山隆幸監督は倉敷工監督1年目だった。

 

当時、主将だった頼宏樹さんは「伝統のユニホームを甲子園で再び見られるのはとても嬉しい。とにかく楽しんでプレーしてほしい」と、大会初日に和歌山東と対戦する後輩たちにエールを送った。

 

【先輩たちの思いを背負って】

「同じユニホームを着た先輩方の思いも背負い、攻めて、攻めたぎる自分たちの野球をやり抜きたい。」試合に先立つ開会式で選手宣誓を務める福島貫太主将は、決意を新たにする。

 

つづく(随時掲載)

 

参考:山陽新聞、毎日新聞、朝日新聞「バーチャル高校野球」

協力:歴代倉工野球部監督・部長、おいまつ会