〚 小さな町のチームが 〛
戦争の爪痕が色濃く残る昭和24年。
感激の初陣を果たしたチーム、倉敷工業野球部。
岡山県勢初のベスト4。
まだイ草のにおいが漂う小さな町のチームが、大きく、確かな第一歩を大甲子園へ。
〚 無 欲 〛
実力以上の力を引き出す無欲。
先を見て、足元をすくわれる欲。
昭和24年夏。甲子園出場を果たした倉敷工ほど、微妙な勝負のあやを体験したチームはないだろう。
昭和16年に創部された倉敷工野球部は戦中廃部。22年に野球好きが集まって再結成されたばかり。
開会式で、他県の選手が「倉敷ってどこ? 東北? 九州?」。
戦前の活躍予想も、出場23校中22番目のありさま。
それでも、好投手・小沢馨の得意球、縦のカーブ(ドロップ)は、小気味よく捕手・藤沢新六のミットに吸い込まれた。打線も尻上がりに調子を上げ、熊谷(埼玉)、高津(大阪)と連破。八強まで進んだ。
〚 勝てるわけがない 〛
8月17日。迎えた準々決勝。
相手は、中京商(愛知)以来の3連覇を目指す小倉北(福岡)。春夏通算16勝を挙げた好投手・福島一雄を擁し、洗練された野球を展開する強豪だった。
知名度は雲泥の差。スタンドを埋めたファンも、倉敷工の勝利よりも善戦を期待していた。
倉敷工ナインも、この日「勝てるわけがない」と荷物をまとめて宿舎を出発。負けたら道頓堀辺りを観光して帰るつもりだった。だが、この開き直りが幸運を呼び込む。
小倉北 020 102 001 0 6
倉敷工 010 102 110 1 7
(延長12回)
息詰まるシーソーゲーム。
倉敷工の守備の乱れに乗じて、重盗、スクイズと多彩な攻めで先手先手と攻める小倉北に対して、2回、6回の藤沢新六の2本の本塁打をはじめ、長打で食い下がる倉敷工。
9回、ついに福島投手を降板に追い込んだ。
延長10回、二死満塁から横山剛の遊ゴロの間に決勝点を挙げ、熱戦に終止符を打った。
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つづく 随時掲載
参考文献 『球譜一世紀』
『灼熱の記憶』
参 考 毎日新聞
山陽新聞
協 力 岡山県立倉敷工業高等学校
硬式野球部OB会
おいまつ会

