10月26日、プロ野球のドラフト会議で、中日から福島章太投手が4位指名を受けた。 倉工からのプロ入りを報じる地元紙山陽新聞の記事をご覧ください。 倉敷工・福島投手は中日4位指名 プロ野球ドラフト会議 倉敷工・福島投手が中日4位指名 「一流選手へ一歩一歩」
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岡山県秋季高等学校野球大会 三位決定戦
来春の選抜甲子園の、重要参考資料となる中国地区大会。
中国地区大会に行くのは岡山から3校。
その三位決定戦が行われ、学芸館に敗れ残念ながら5年ぶりの中国地区大会出場にはなりませんでした。
倉敷工 210 000 301 7
学芸館 102 006 001 9
学芸館、6回に長短のヒットで6点を上げる。この6点が倉工にとって痛かった。
倉工は、1回開始のサイレンの中1番岡田がレフト前。
2番岡田が送りバント。
3番松本は、サードフライ。
4番村中は、低めの球をうまくセンター前に打ち返し、まず1点。
5番坂元は、レフト前ヒットで二死1塁2塁。
6番難波は、ライト前に弾き返し、2点目を上げる。
7回表、無死満塁のチャンスを迎える。ここで、3番松本、レフト前ヒットで1点。
4番村中、セカンドライナーで1塁へ転送され、二死となる。
5番坂元、センター前ヒットで2点。
合計6点を上げる。
先発した水田は、直曲球のコンビネーションが持ち味だが、制球に苦しんだようだ。
2番手多々野は、点差もあり開き直りが好投を生んだ。
倉工には、好素材の選手が多く来年の春の県大会、夏の県予選が楽しみである。
将来性豊かな投手多々野。強肩捕手の松本は打撃もいい。打撃の良い村中。内野手岡田。外野手で、1年福島は投手もできそう。
来年、夏。ぜひとも、甲子園に行ってもらいたいものだ。
がんばれ倉工 来年の夏は行くぞ倉工野球部
令和2年度岡山県高等学校野球大会 準決勝
5年ぶりの、中国地区大会を目指しての 準決勝。
古豪対決となった対関西戦でしたが、5対9で敗れ、明日の三位決定戦に臨む事になりました。
倉敷工 020 000 030 5
関 西 011 003 13× 9
倉工投手陣の不調が響いた。
打撃は5点を取ったので、まずまずといったところか。
2回の2点は、一死後、6番難波が四球。
7番多々野が送りバント。
8番水田レフト前ヒットで、1点。二死1塁2塁。
1番岡田センター前ヒットで1点。合計2点。
8回表。一死2塁からピンチヒッター坂元のセンター前で、3点目。
1番岡田四球で、二死1塁2塁。
2番宗岡レフトオーバーの2塁打で、この回3点目で合計5点を上げる。
関西、7回の1点が、倉工にとって大きい。
明日の、三位決定戦は、投手陣の整備が急務だろう。
令和2年度秋季岡山県高等学校野球大会 準々決勝
準々決勝の相手は、複数のプロ球団が注目する、今大会屈指の好投手を擁する玉野商工。倉工は、簡単には打てないことが予想されていました。
しかし、少ないチャンスをものにした倉工が、2対0で勝ち準決勝に進出。
あと一勝で中国地区大会出場となりました。
倉敷工 000 010 001 2
玉野商工 000 000 000 0
投手戦が予想されていた。先取点を、取った方が勝ちという様な試合。相手投手の立ち上がりを攻めたい倉工。
5回、9番城内が、四球で出塁。そして、盗塁を決める。
1番岡田が、レフト前ポテンヒットで先取点。
9回は6番難波レフト前ヒット。7番多々野のセンター前ヒットで、2点目。先発水田は、立ち上がりこそ変化球の制球力に苦しんだが、徐々に調子を上げバックのダブルプレイにも助けられての完封勝利。相手投手から、先取点を取れたことが大きい。
令和2年度秋季岡山県高等学校野球大会開幕
倉敷工は、9月26日、初戦、岡山城東と対戦し、4対0の完封勝ちをし、幸先の良いスタートとなりました。
城 東 000 000 000 0
倉敷工 003 010 000 4
3回裏、倉工は二死満塁で5番松本が中越え3塁打で3点を上げる。
また、5回にも1点を取り、城東を引き離す。
主戦投手 水田は、制球が安定。
城東打線を、ヒット2本に押さえた。四球も出していないのも良い。新チームは、大きな特徴がないものの、投攻守のバランスが良い。守備もノーエラーで水田を盛り上げた。
がんばれ 倉工 目指せ 選抜
○組み合わせ表 【PDFはこちらからどうぞ】
大会の詳細は、高野連のHPをご覧ください。
会報おいまつ 創立80周年記念号
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祝 日本高野連表彰「諦めない野球」
新型コロナウイルスの影響で、中止となった全国高校野球選手権岡山大会。
その代替大会、夏季岡山県高校野球大会の組み合わせ抽選会に合わせ、日本高野連の表彰伝達があり、前倉敷工監督の中山隆幸氏に「育成功労賞」が贈られた。
東岡山工、笠岡工、倉敷工、そして現在の岡山工の4校で野球部の指導者として35年。長年、高校野球の発展に尽力した指導者に贈られるのが、この『育成功労賞』である。
ウエイトトレーニングやメンタルトレーニングを先駆的に採り入れた一方、理想とするのは、『最後まで諦めない野球』である。『ええぞ』『振り切れよ』部員に熱く、盛んに声をかける。消極的なプレーには、雷を落とすが、思い切りの良い、ひたむきなプレーは、とことん褒める。倉工在学時、理不尽なしきたりもあった。入学時80人いた同期の部員は、最後には、14人に。【指導者になり一所懸命の頑張りを、認めよう。】倉工在学時、指導者になる事を誓った。
東岡山工から、1984年に笠岡工に赴任。笠岡工は、全く実績のないチーム。コールド負けも、珍しくなかった。中山氏は、他校と同じ練習をしては勝てないと、ウエイトトレーニングを導入。手作りの、器械だった。当時としては、まだ珍しかった。すると、スイングスピードが早まり、遠投も伸びた。そして、6年目倉敷工を破って、県大会ベスト8入りを果たす。手応えを感じた。そして、1994年(平成6年)母校倉敷工へ。母校で、甲子園の土を3度踏んだ。今も語り継がれるのが、倉敷工を34年ぶりに選抜に導いた2009年春。
「当HP(春風爽快キセキの春)を、参照して下さい。」
「倉工が、甲子園に、出場したチームの中では、一番弱いチームです。」と、中山氏。モットーである『プレーは大胆に』と『フルスイング』で、力を伸ばし、【諦めない野球】で、中国地区大会を勝ち上がった。金光大阪との開幕試合。「緊張感を力に替えろ」と、ナインの背中を押し続けた。4度もリードされながらも、追いつき、延長12回サヨナラの11対10で、ついに勝利をつかんだ。サヨナラ打を打った選手は、入学時チームの中で一番線が細かった。

「まだ、できる。」と、声をかけ続けた結果、精神的なもろさを克服。ウエイトトレーニングで鍛えた筋力を生かし、勝負強い選手に成長。勝負を決めたフルスイングに彼の成長を感じて、胸が詰まったという。【勝ち負けも大事だが、人間育成こそが野球の、目的。】と、中山隆幸氏。最後の夏を迎える選手に、そう伝えたい。
(6月29日、朝日新聞の中の記事を参考にして、一部を活用しました。)
















